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HOME 読み物一覧 冊子「青いスピン」 作品募集 リンク お問い合わせ HOME 読み物一覧 カタメのこと 2024/04/12 カタメのこと 松まつ下した卓たかし 物語 入選作品 佳作 「やめんか。」 頭の上から、じいさんのどなり声が聞こえた。思わず首をすくめた。見上げると、アパートの二階の窓まどから、じいさんがにらみつけていた。「ネコをいじめるんじゃない。」 じいさんのしわがれた大声が、追い打ちをかけてきた。ぼくたちはランドセルを鳴らしながら、一目散に逃にげだした。 ぼくたちは三人がかりで野の良らネコのカタメを追いかけ回していたのだった。カタメは白と茶のまだらのネコだった。右目は半開きで、にごったような黄色をしていて、黒目がなかった。カラスにちょっかいを出して突つっつかれたんだろう、と友達は言っていたが、本当かどうかは分からなかった。実じっ際さい、カタメがいつからぼくたちの通学路に現あらわれるようになったのか、だれもはっきりとしたことは分からなかった。いつのまにか、カタメはじいさんのおんぼろアパートの周りにいて、ブロック塀べいの上で昼ひる寝ねをしたり、頭をかいたりして過すごすようになっていた。 三年生のころ、ぼくたちは学校帰りにカタメを追いかけて遊んでいた。追いかけられると、カタメは泡あわを食って逃げるのだが、片かた目めのせいで遠近感がつかめないらしく、塀に飛び損そこねて頭から落ちたり、曲がりきれずにドブに転げ落ちたりした。ぼくたちはそんなカタメのしぐさをおもしろがっていた。 そんなぼくたちの天てん敵てきがじいさんだった。じいさんはカタメを自分の部屋に自由に出入りさせていたし、えさもやっていて、いわば保ほ護ご者しゃの立場だった。短く刈かりこんだごま塩頭で目め尻じりには深いしわがあったが、体はがっしりとしていて背せ筋すじもぴんとのびていた。 「元刑けい事じらしいぜ。」と友達は言った。 テレビの影えい響きょうもあって、刑事という言葉には特別なひびきがあった。「つかまえたらただじゃあすまないぞ。」 じいさんはアパートに一人で住んでいて、夜は警けい備びの仕事をして暮くらしているのだった。ぼくたちが学校帰りにアパートの前を通るころが、目覚めの時間らしく、ステテコ姿すがたのじいさんによくどなられた。 ばかもの。さわぐんじゃない。塀に登るな。石を投げてはいかん。そして、ネコをいじめるな。 確たしかにじいさんはカタメには優やさしかった。アパートの前の道にしゃがみこんで、ちくわを手でちぎりながら、話しかけているのを何度も見た。ぼくたちを見ると、耳を寝かせてうなり声を上げるカタメも、じいさんにえさをもらっているときは、ぺしゃりと座すわりこんで、じいさんの手を追っていた。  あの日、ぼくは何かの当番だったのだと思う。友達は先に帰ってしまっていて、一人でぶらぶらと歩いていた。アパートの前を通りかかると、じいさんに強い口調でまくし立てているおばさんがいた。どうやらカタメが爪つめで車に傷きずを付けたらしい。じいさんはぺこぺこと何度も頭を下げ、口ごもるようにわびていた。 ぼくは聞こえないふりをして、二人の横を通り過すぎた。どなるんじゃなくて、謝あやまるじいさんを見たのは、初めてだったので、何だか切ないような妙みょうな気分になったのだった。 アパートを過ぎて小こう路じまで行くと、カタメの鳴き声が聞こえた。カタメは何だかしょぼくれた顔をしていた。自分のことでじいさんがおこられているのを、知っているかのようだった。手て提さげ袋ぶくろの中には残した給食のパンと、袋入りのマーガリンが入っていた。弟はマーガリンが好きなのでときどき残してやるようにしていた。ぼくはパンをちぎって、大サービスでマーガリンもぬってやった。カタメはおそるおそる寄よってきて、パンのにおいをかいでから、よほど腹はらが減へっていたのだろう、ものすごい勢いきおいで食べ始めた。マーガリンが付いたぼくの指を、ぺろぺろとなめてさいそくした。食べ終わると小声で鳴き、目を細めて顔を上げた。のどをさすってやると、カタメはうっとりとした表ひょう情じょうで、ゴロゴロとのどを鳴らした。「喜よろこんでいるだろ。」 ふり向くといつのまにかじいさんが後ろに立っていた。「優しくしてやればネコだって分かるんだ。」 じいさんはぼくの横にしゃがみこんで、いつもとは全然違ちがう声で話し始めた。「こいつはな、夜や勤きん明けの朝に、公園で目から血を出して、たおれていたのを連れてきたんだ。どうして目をけがしたのかは分からん。鳥に突っつかれたのか、間違って枝えだの先で突いてしまったのか。だがな、ネコはすばしこくて用心深い。特にこいつのような野良は用心深くなくては生きてはいけない。分かるか。」 ぼくがだまっていると、じいさんは続けた。「動物病院に連れていった。先生は、傷は鋭するどいもので突かれてできたようだと言った。考えたくはないが、人にやられたのかもしれない、と。」 じいさんはそこまで言うと、しばらくだまった。「もしそうならば、そんなことをするやつは、人間として最も低級だ。そう思わんか。」 頭の中に子ネコだったころのカタメの姿が浮うかんだ。ソファの上で両方の大きな目をしっかり開け、キュウキュウと小さな声で鳴いて、ぼくを見上げていた。 「はい。」とぼくは答えた。他人の声みたいだと思った。「病院からの帰り道、こいつを抱だいていると、体温が伝わってきた。こいつには目を傷つけられた理由なんか、どうでもいいんだろうな、と思ったんだ。片目しか見えないことを淡たん々たんと受け入れているんだろうってな。」 じいさんは何だかさびしそうにそう言った。「だから、優しくしてやってくれ。」 それから、ぼくはカタメを追いかけ回すのをやめた。じいさんに言われたこともあったが、それ以上に、ちぎってやったパンを、一生懸けん命めいに食べて、うっとりとするカタメをかわいいと思ったからだ。 ぼくがパンをやるようになると、友達もすぐにそれにならった。優しさは伝でん染せんするものなのだと思う。だれが始めるか。それだけのことだ。 給食で出る光りかがやくような魚肉ソーセージまで、残してくる友達もいた。パンより先にソーセージを食べるカタメを見て満足そうに「残してきたかいがあったよなあ。」と言った。  冬の日、帰り道にじいさんが立っていた。 「ネコが三日前からいなくなったんだが、知らんか。」と心配そうに言った。 ぼくらは早さっ速そく手分けして近所を探さがすことにした。翌よく日じつも、その翌日も探した。探すだけじゃなくて「片目のネコを知りませんか」という手て描がきのポスターを作って、電信柱に貼はった。ポスターのカタメの似に顔がお絵えは、右目をリアルに描きすぎて、まるでギャングのオオカミのような顔だった。 日曜日には、一日かけて、となり町の水路や竹やぶまで探し回った。ときどきネコを見かけるのだが、どれもカタメではなかった。そのたびに少しずつがっかりして、どのネコでもなく、カタメというネコに会いたいのだ、というあたりまえのことが、体に染しみこむように感じられるのだった。夕方になると、歩き疲つかれて言葉もなくなっていた。ぼくたちはだまってじいさんのアパートに向かった。影かげが長くのびて見えた。一人がべそをかくと、それにつられてぼくも涙なみだが止まらなくなった。取り返しのつかないものをなくしてしまった、と生まれて初めて痛つう切せつに感じたのだった。 アパートの前にじいさんがいた。カタメの帰りを待っているんだと思った。どこにもいない、とぼくは小声で話した。半べそ顔のぼくたちを見て、じいさんは目を閉とじ、ため息をついた後、そうか、とぽつりと言った。いつのまにか、じいさんの目にも涙が浮かんでいて、それを手の甲こうでぬぐってから、「ちょっと、寄っていかんか。菓か子しがある。」と言った。 ぼくはどう答えたらいいのか分からなかった。迷まよった末に、首を横にふった。  数日後、校門を出たところにネコを抱いたじいさんがいた。カタメだった。 ぼくたちはじいさんにかけ寄り、カタメの手や足や尻しっ尾ぽを引っ張ぱって、頭をなでた。カタメは迷めい惑わくそうに、じいさんのうでの中で、もがいていた。ぼくたちに早く知らせるために、じいさんは校門で待っていてくれたのだった。 「今朝けさ、ひょっこり帰ってきたんだ。」とじいさんはうれしそうに言った。そして「みんな、ありがとうな。」と言った。  ぼくたちはカタメと遊びながら小学校に通い、中学生になった。通学路が変わり、前ほどカタメと会うことはなくなった。たまに会うと、いつのまにか貫かん禄ろくが出てきたカタメに話しかけてしばらく遊ぶ。 二年生になる春休み、のんびりと過ごしていた日、ぼくは取り返しのつかないものを失うという感じを再ふたたび味わうことになった。 コミックスを買うために本屋に行く途と中ちゅう、アパートの前を通りかかると、じいさんの部屋から荷物が運び出されていた。息むす子こらしい中年の男が運送屋さんに指さし図ずしていて、部屋のドアにはセロハンテープで、人が亡なくなったことを示しめす「忌き中ちゅう」の札が貼られていた。 カタメはいなかった。きっとアパートの先の小路にうずくまっているのだろうと思った。ぼくはアパートを見上げながら、部屋に寄っていけ、と言ったじいさんの表情を思い出した。 あのとき、じいさんは外でカタメの帰りを待っていただけじゃなかったんだ、とふと思った。自分では食べもしない菓子を買って、ぼくたちを待っていてくれたんじゃないか。じいさんはたとえ子こ供ども相手でも、カタメについていっしょに話す相手が欲ほしかったんじゃないか。カタメのしぐさについて、鳴き声について、好物について、何かをいっしょに話す相手が欲しかったんじゃないか。なぜうなずくという簡かん単たんな動作ができなかったのだろう、と思った。だがもう、そんなことはどうでもいいことになってしまった。 これからは少し遠回りでもアパートの前を通ろう。じいさんの代わりはできなくても、ひもじいときのカタメに食べ物くらいはやれるだろう、そしてのどをなでることくらいのことはできる。 そのとき、ポケットの中の小こ銭ぜにはかまぼこ一本を買うには十分だった。ぼくは、コミックスは友達に借りることにして、角のコンビニに向かって歩き始めた。 松まつ下した卓たかし 2023年、第1回「青いスピン」作品募集 佳作。 読み物一覧へ戻る 関連作品 2024/04/12 言葉のない私たち 桜さくら井いかな 物語 入選作品 2023/06/22 自動販売機 香か久ぐ山やまゆみ 物語 入選作品 2023/05/31 第1回「青いスピン」作品募集 結果発表 お知らせ 2023/10/02 金太の花 おぎなお紺こん 物語 入選作品 カテゴリー 物語 (14) エッセー (10) 科学エッセー (4) 随筆 (5) イラストエッセー (5) ノンフィクション (4) コラム (9) お知らせ (3) 入選 (3)佳作 (2) 掲けい載さい号 第4号 2024年,4月号 第3号 2023年,9月号 第2号 2023年,4月号 創刊号 2022,9月号 創刊準備号 2022,4月号 人気の作品ランキング HOME 読み物一覧 冊子「青いスピン」 作品募集 リンク お問い合わせ プライバシーポリシー 本サイトに掲載している文章・イラスト・記事画像の無断転載を禁じます。 Copyright © 2022 by TOKYO SHOSEKI CO., LTD. All rights reserved.

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